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奈良地方裁判所 昭和44年(わ)171号 判決

被告人 富吉俊男

昭一〇・二・一五生 会社員

主文

被告人を懲役一〇月に処する。

但しこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は自動車運転の業務に従事するものであるが、

一、昭和四四年五月一〇日午後一〇時二〇分頃、普通乗用自動車(大阪五り九二〇〇号)を運転し、奈良市管原町柳町七の三番地先県道(阪奈道路)を西から東に向い時速約六〇粁で進行中、当時、降雨で路面が湿潤しており、急制動の措置により車輪が滑走して暴走し、事故を惹起しかねない状況にあつたから、路面の乾燥時より速力を減じて進行すると共に急激な制動措置を避けて危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるに拘らず、不注意にも、事故直前の位置より緩やかな下り勾配で自然と加速される状況にある道路面に乗り入れているのに漫然と前示速度に加速されているにまかせて右地点に差しかかつたため、前方約三〇数米位の地点を対向して来る貨物自動車の前照灯に眩惑され、自車に制動をかけたところ、制動が強度に過ぎ、ために自車をスリツプさせて対向車線に暴走させ、折から対向して来ていた磯山道男(当一八才)運転の普通乗用自動車の右前部に自車前部を衝突させ、よつて同人他同乗車五名に別表(略)のとおり夫々傷害を負わせ、

二、前記日時頃、前同所において、前記一記載の事故を起しながら、直ちに被害者の救護をなさず、且つもよりの警察署の警察官に事故発生の日時場所等法令に定められた事項を報告せずにその場を離れ、

三、呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有し正常な運転が出来ない状態で前同日前同所付近路上において前記普通乗用自動車を運転したものである。

(証拠の標目)(略)

(被告人並びに弁護人の主張に対する判断)

被告人並びに弁護人は、被告人が事故直後その場より自車を運転して離れたのは被害者に対する手当のための医者を呼びに行く必要からその場を離れたもので逃走したものではなく、救護義務を尽さなかつた事の犯意がない旨主張するが、前掲の各証拠によれば、被告人は事故直後、自車を道路傍に移動して寸時停車していたところ、被害者の被害の模様を確認し必要な措置を講ずるため、被害者と会つてその負傷程度、人数などを確める処置すら全然とることなく、いきなり自車を運転してその場を離れていることが明らかであるところ、道交法七二条所定の救護義務は所謂警察官に対する報告義務と併せ課せられているもので、その趣旨は、少くとも警察官に負傷者の数、程度の報告が出来る程度に、自身が負傷者の負傷の程度を確認見分したうえ、その場に於て採りうる必要な救護の処置を講ずる義務を課しているもので、もとより自力で救護の処置が講じ得ない程度のものであることが見分の結果判明したならばその場の者に告げて医者を呼びに走ることも救護の処置ではあろうが、被害者にも、その場の者にも告げず、もとより被害者の受傷の程度を確認見分をするために被害者と会うことすらせず、勝手に医者を呼びにその場を離脱することは同条所定の救護の処置を講じたものと解することはできず、この場合、本件の判示したような状況でその場を離脱することの認識さえあれば同条に云う救護の処置を講じないでその場を去ることの犯意があつたと解すべきものであるから被告人並びに弁護人の右主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は被害者毎に夫々刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条に、判示第二の所為のうち救護の措置を講じなかつた点は道路交通法第七二条第一項前段、第一一七条に、警察官に同条所定の事項の報告をしなかつた点は同法第七二条第一項後段、第一一九条第一項第一〇号に、判示第三の所為は同法第六五条、第一一七条の二第一号、同法施行令第二六条の二に夫々該当するところ、判示第一の所為は刑法第五四条所定の一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから同法第一〇条により犯情の重い判示被害者石田ヒロ子に対する罪の刑により処断すべく、以上各罪につきいずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条、第一〇条により刑並びに犯情の重い判示石田ヒロ子に対する判示第一の罪の刑に法定の併合加重をなした刑期範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、同法第二五条第一項第一号によりこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

よつて主文のとおり判決する。

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